良質なコンテンツのタネは現場にたくさん落ちています

良質なコンテンツのタネは現場にたくさん落ちています


みなさま、弊社ウェブサイトをご覧いただきありがとうございます。

雨が降ったり降らなかったりですが、晴れの日には強い紫外線を感じるようになってきました。

弊社の植物たちもメキメキと成長しています。

さて、今回は「良質なコンテンツのタネは現場にたくさん落ちています」というタイトルで、オウンドメディアのコンテンツ制作についてお伝えしようと思います。

「良質なコンテンツ」とPR

良質なコンテンツとPRの関係

以前、「ウェブPR再考 根本的なPRの視点から」で次のようなことをお伝えしました。

端的に言ってしまえば、SNSのフォロー数、いいねの数は、その投稿が素晴らしいものであるかどうか、PRとして効果があったかどうかを完全に測れるものではありません。それはサイトのアクセスも同じことです。

確かにウェブPRの全体的な概念で言えば、「どれだけの人に」と「どれだけの深さで」という二つの指針があります。

しかし、肝心なのは、「どれだけの深さで」というポイントです。しかしながら、「深さ」は滞在時間などである程度の目安はあるものの厳密には測ることができません。また、「どれだけの深さで」ばかり意識して、誰にもアプローチできないということも「土台なし」と同じことになります。

ウェブPRだけでなく、PR活動は「どれだけの人に」と「どれだけの深さで」の両輪が必要です。

この回でお伝えしたとおり、ユーザーに対して「どれだけの深さで伝わったか」ということが、本来の意味ではコンテンツの質を測る上で大切になってきます。

一般的にウェブでの「良質なコンテンツ」は、コンテンツの信頼性や充実性、論理性など、「ユーザーのニーズを満たすか」ということが大まかな基準になっていますが、大前提として、パソコンやスマートフォンの先には「ユーザー」がいて、その人が良質か否かを判断します。

だからこそ、コンテンツボリュームや滞在時間、シェア数だけでは、本来はコンテンツの価値を完全には測ることはできません。

このコンテンツの時代における情報の価値」では次のようなことをお伝えしました。

誰かが調べたことを、また誰かが調べ、同じレベルでのコンテンツを量産する、そのようなコンテンツ量産に価値はあるでしょうか?

ただ事実の提示ならば、表現方法は異なっても、記述する内容自体は、ほとんど同じ方向で確定していきます。

そこに少し付け加えた他の方面のデータ等があればまた内容は変わってきて面白みもあります。

しかしながらそれだけではそれほどの付加価値は感じることができません。

では、どういった内容のコンテンツならば「面白み」があるのでしょうか?

あえて一般論や原則をスルーする

ホームページ制作の一般論や原則をスルーする

インターネットがビジネスとなって、まだ20年そこそこです。

その間の先駆者たちが作った常識や「型」があるといってもまだ浅い歴史です。

それらの型もそれぞれの価値がありますが、それよりも前からずっとあるインターネットの枠を越えた「型」には、やはり何か理由があるのかもしれないといつも思います。

文章は「起承転結」が原則だということが言われることがありますが、「起起起起オチ無し」でも別にそれでも構わないはずです。

実際に一発ギャグも漫才などのセオリーからは外れていますが、それが笑いにならないかというとそうでもありません。

書籍でも、教科書のようなものは体系立てて構造が組み立ててありますが、ニーチェやアランなどが用いた、アフォリズムやプロポと呼ばれる形式での短文表現(現代で言うところの「ツイート」ですね)に価値が無いかというと、それをまとめた本は価値が無いどころか100年以上のベストセラーです。

ウェブでの基本形に合わせる必要はそれほどない

現代の基本形となっているウェブでの「型」に合わせる必要はそれほどないのではないかと考えます。

以前少し専門用語について触れたことがありましたが、大原則となっているテーマの根幹部分を外した投稿もたまにはいいのではないでしょうか。

「ウェブで価値のある情報」を検索エンジンやソーシャルからの流入数とするのならば、テーマの大枠であるキーワードもほとんど外して、流入がないコンテンツ自体にはそれほど価値が無いのかもしれません。

数パーセントの人に深く伝わるコンテンツ

しかしながら、そのコンテンツが、もしかしたら数パーセントの人には深く伝わるコンテンツなのであれば、「それはそれでよかった」と思います。

メディアサイトのように、ひとまずアクセス数を稼ごうとする趣旨ではないので、一般論に合わせた投稿をするつもりはありません。

そういう意味では弊社の取る姿勢が非常に表れているような気がします。

ほとんどの人が一般論や原則から外れているコンテンツだと判断してすぐにページから離脱したとしても、数パーセントの人にだけ深く伝われば良いと考えています。

独自性のあるコンテンツ

独自性のあるホームページコンテンツ

さて、「一般論から外れたコンテンツも面白みがある」という旨をお伝えしましたが、信頼性のおける情報源をもって論旨が一般論から外れたコンテンツを作ることは一つの方法になりえますが、「あえて一般論から外しただけのコンテンツ」を作ってもしかたないことは言うまでもありません。

それはそれで、月刊ムーのように一部の読者からは支持されるコンテンツにはなりますが、そういったタイプのメディアサイトでもない限り、一般的なコーポレートサイトのオウンドメディアコンテンツでは、ユーザーからの信頼にマイナスになってしまう可能性が高いでしょう。

インターネットからの情報源

一般的にコンテンツを量産しようと思うと、インターネットからの情報源に頼ろうとしてしまいます。

しかし、以前家族の手術の際に担当医師から「インターネットの情報を信用しないでください」と、釘を差されたように、ウェブ情報に最も欠けているものは、情報の信頼性・正確性です。

検索エンジンは、検索結果としてインターネットの上でのコンテンツの中で、最も優れていそうなコンテンツを上位に表示します。

ただ、それは検索結果として相対的な尺度で順位を決めて表示されたリストです。

イメージとしては、求められた質問に対して、「この中ではおそらくこれが一番答えとしてふさわしいだろう」という形になります。

情報自体の正確性

検索結果リストにおいては、情報自体の正確性が100%保証されてはおらず、また、保証することは性質上不可能に近いでしょう。

特に専門性の高い分野では、識者の中で見解が分かれている場合もよくあります。

本来はまだ通説として確定していないにも関わらず、その中で、「ウェブ上でのコンテンツが多く、言及率の高い多数派」がスタンダードとして、検索結果の上位を独占します。

そのような情報だけを元にコンテンツを作ると、独自性もなく、また正確性も怪しくなっていきます。

情報源を多角的に

そこで、コンテンツを作る際に、より良く独自性のあるものにするためには、専門誌やセミナー等、情報を多方面から収集すると、少なくともインターネット単体の情報源よりは格段にオリジナリティが出てきます。

しかしオウンドメディア配信のためだけに、情報収集するということもひとつの手間になります。

ただ、手間にはなりますが、その手間の分だけ独自性は優れたものになるでしょう。

参考文献の掲示

論文を作成するときには、参考文献の掲示を求められます。

直接引用した場合は、引用箇所に注釈として記述することも一つの方法ですが(これはウェブでは基本形です)、マークを付けて、最後に一気に参考文献を掲示するパターンもあります。

書籍などでは、どの部分ということを示さずに、最後に参考文献の提示しているケースもあります。

ウェブコンテンツの場合も、このような形式でも構わないのではないでしょうか。

独自性のある良質なコンテンツのタネは現場に落ちています

独自性のある良質なコンテンツのタネ

以上、長々と前置きになりましたが、ようやく本題です。

オウンドメディアコンテンツのネタを探してインターネットをウロウロしたり書籍を読み漁ったりしなくても、独自性のある良質なコンテンツのタネは現場に落ちています。

その会社にしかない情報は、その会社にしかありません(うーん…同語反復ですね)。

一般的で事実的な情報や、おもしろコンテンツ、他のサイトでも取り扱っているような業界のテーマなどもオウンドメディアコンテンツとして一つの形ですが、その企業の現場でしか発見できない「オリジナルの情報」こそが、最も独自性があり、またユーザーが求める良質なコンテンツとなり得ます。

もしかしたら、その情報を求めているユーザーは少ないかもしれません。

しかしその情報を求めているユーザーにとっては、そのような「オリジナルコンテンツ」は非常に価値のあるものになります。

例えば、求職者にとって、現場担当者の生の声、仕事の現場風景、モデルではない「スタッフ」の活き活きとした顔写真…

例えば、製品購入予定のユーザーにとって、製造工程や検品・製品管理の取り組み内容、サポート体制、スタッフからのメッセージ…

それらは非常に価値のあるコンテンツとなるでしょう。

他のサイトの重複コンテンツになる心配もありません。

同時にコピーコンテンツが作られることもありません(引用されることはあるかもしれません)。

オウンドメディアコンテンツの価値は一人ひとりのユーザーの中に

コンテンツとしてはそれほど価値の無いもの、例えば、「挨拶のようなもの」だけであっても、そのコンテンツ自体に価値があるかないかは、ユーザーに委ねられています。

商店街を歩けば、たくさんの商人たちが、通りすがりの方に声をかけています。

おそらくその声掛けは「今日、今すぐ買って欲しい」という気持ちで行っている行動ではないはずです。

常連さんが来れば、「先週、日本海の方に行ってよぉ…」と商売に関係ない話をすることもあるでしょう。

オウンドメディアコンテンツの価値は一人ひとりのユーザーの中にあります。

情報の価値そのものは、各々のユーザーが各々感じられることでしょう。

検索エンジンやソーシャルはその橋渡し。

誰かにとって価値のある情報は、どこか遠くにあるのではなく、見渡せばすぐ近くにたくさん落ちています。


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