都心のオフィスビル。深夜の静寂の中、ユウキは虚ろな目でPCのモニターを見つめていた。
Meta社からのアカウント停止措置は解除されず、彼がAIを使って短期間で築き上げた「フォロワー数万人の帝国」は、跡形もなく消え去っていた。クライアントからのクレーム対応と契約解除の連絡に追われ、精神的にも限界が近づいていた。
「……なんだよ、これ」
気晴らしに競合調査をしようと、何気なく検索画面を開いたユウキの目に、ある地方の弁当店の情報が飛び込んできた。「まごころ弁当」。以前、健太が関わっていると聞いて鼻で笑ったあの店だ。
Googleマップの評価は星4.8。
しかし、ユウキが注目したのは星の数ではなかった。そこに投稿されている写真と口コミの「質」だ。
AIが生成したような綺麗なだけの写真は一枚もない。あるのは、少し手ブレした祭りの写真、店主が照れくさそうに笑う写真、そして、子供が描いたような不器用なグラデーションの包み紙の写真。
口コミ欄には、長文の熱い感想が並んでいる。
『行列ですごく待ったけど、店主さんが配ってくれたチラシと笑顔に救われた』
『この包み紙、娘さんが描いたらしい。捨てられなくて手帳に挟んでます』
『AIおすすめで出てきたけど、本当に良い店だった』
そこには、ユウキが効率化の名の下に切り捨てた「手間」と「時間」、そして「体温」が凝縮されていた。
AIは、ユウキが作った大量のコピーコンテンツを「ゴミ」と判断し、真紀たちが積み上げた泥臭い記録を「信頼すべき情報(E-E-A-T)」として高く評価したのだ。
「……勝てねえよ、こんな『本物』には」
ユウキは力なくマウスから手を離した。虚構で塗り固めた城が、たった一枚の子供の絵に敗北した瞬間だった。
◇
数日後、健太の工務店に一平が顔を出していた。
「一平、ありがとうな。真紀さんの店、予約でいっぱいらしいよ」
健太が嬉しそうにコーヒーを出すと、一平は満足げに頷いた。
「ああ。データを見ても明らかだ。まごころ弁当は、もはやGoogleやSNSのアルゴリズム変動に怯える必要はない」
「え? どういうこと?」
「彼らは『検索される店』から『指名される店』になったんだよ」
一平は説明した。これまでのWeb集客は、検索エンジンに好かれるための技術合戦だった。しかし、これからは違う。
「『今日のお昼、何にしよう?』と検索する層ではなく、『まごころ弁当が食べたい』と店名で検索する層が定着した。こうなれば、AIがどう進化しようと関係ない。実体のあるブランドは揺るがないんだ」
一平は窓の外を見た。
「結局、一番のSEO対策は、真紀さんたちがやったように、目の前の客を感動させ、それを正直に発信し続けることだったんだ。……遠回りのようで、それがAI時代を生き残る最短ルートだったな」
◇
夕暮れ時、「まごころ弁当」の店先には、今日も「完売」の札が掛かっていた。
以前のような悲壮感はない。明日の仕込みをする包丁の音が、リズミカルに響いている。
「真紀、あかねが寝たぞ」
厨房から出てきた浩二が、カウンターで伝票整理をしていた真紀に声をかけた。
「お疲れ様。……ねえ、浩二さん。また新しい予約が入ったわ。『包み紙のお弁当を』って」
真紀が微笑むと、浩二もつられて笑った。
「弁当屋ってのは、いい仕事だな」
「ええ。本当に」
派手な成功ではないかもしれない。世界を変えるようなイノベーションでもない。けれど、ここには確かな「再生」があった。デジタルというツールを使いこなしながらも、その中心にあるのは変わらない「まごころ」。
あかね色の夕焼けが、小さな店の看板を優しく照らしていた。
彼らの新しい日常は、まだ始まったばかりだ。
第二章 完







