ユウキのオフィスで悲鳴にも似た嘆きが響いていた頃、一平は静まり返った自身のオフィスで、複数のモニターに映し出されるデータと対峙していた。 部屋にはサーバーのファンの音と、キーボードを叩く音だけが響いている。
「なるほど……。予想よりも早いな」
一平が追っていたのは、Googleの検索アルゴリズムの変動と、AIによる検索体験「SGE(Search Generative Experience)」、そしてそこから派生する新たな対策概念「GEO(Generative Engine Optimization)」の動向だった。
画面には、検索結果の上部にAIが生成した回答が表示されている。従来の「青いリンクのリスト」から、AIによる「答えの提示」へ。この変化は、Web集客のルールを根底から覆そうとしていた。
「もはや、キーワードをページ内に何回入れたか、なんて次元の話じゃない」
一平は眼鏡の位置を直し、手元のノートにペンを走らせた。 『E-E-A-Tの進化と、AIによる統合評価』
E-E-A-Tとは、経験(Experience)、専門性(Expertise)、権威性(Authoritativeness)、信頼性(Trustworthiness)の頭文字を取った、Googleの評価基準だ。これまでも重要視されてきた概念だが、AIの進化により、その評価方法は劇的に高度化していた。
「これまでのAIは『テキスト』を読んでいた。だが、今のAIは『実体』を見ている」
一平の分析によれば、AIはWeb上の情報をただの文字情報として処理するのではなく、その裏にある「事実」や「実体性」を、膨大なナレッジグラフと照合して検証し始めている。 特に注目すべきは、画像解析技術の進歩だ。
「画像データの意味合いが変わったな……」
一平は、あるテスト結果を表示させた。それは、フリー素材の画像を使った架空の店舗サイトと、画質は悪いが実店舗で撮影された写真を使ったサイトの評価比較だった。 結果は明白だった。AIは、ピクセル単位の解析やメタデータ、そして類似画像の照合により、それが「そこで撮られた本物の写真」か、「どこかから借りてきた綺麗な写真」かを完全に見抜いている。
「つまり、どれだけ言葉で『美味しい料理』『活気ある店内』と飾っても、AIの『目』をごまかすことはできない」
この傾向は、真紀たちが取り組もうとしているMEO(マップ検索最適化)においてさらに顕著だ。 Googleマップ上の評価において、AIは以下の点を冷徹にチェックしている。
- 実体性(Entity Reality):その場所に本当にそのビジネスが存在し、機能しているか。
- 情報公開性(Information Disclosure):営業時間の変更、メニューの更新など、正しい情報が常に開示されているか。
- 活動の活発さ(Activity):口コミへの返信、写真の投稿、イベント情報の更新など、ビジネスが「生きている」か。
「死んだアカウントに高評価の口コミだけを貼り付けても、AIはそれを見抜いて『信頼性なし』と判断する。逆に、不器用でも毎日汗をかいて情報を更新し、客と対話している店は『信頼できる実体』として評価される」
小手先のSEOテクニックや、ツールを使った自動投稿、偽装された専門性は、高度化したAIの前では無力化されつつある。ユウキが行ったような「効率化」という名の「手抜き」は、これからの時代、最もリスクの高い行為となるだろう。
「結局のところ、AIが進化すればするほど、評価されるのは『人間臭いアナログな活動』に回帰するわけか」
一平はコーヒーを一口啜り、ふっと笑みを浮かべた。 真紀たちが汗を流して祭りでチラシを配り、客と対話し、その様子を拙いながらもSNSにアップする。その一連の泥臭い行動こそが、実は最先端のAI対策になっているのだ。
「正しい道を歩んでいるよ、真紀さんたちは」
一平はモニターの電源を一つ落とした。夜明けが近い。Webの世界は複雑怪奇に見えるが、その深淵にあるルールはシンプルになりつつある。「嘘をつくな」「真面目にやれ」。AIは、そんな当たり前の道徳をWebに強制しようとしているのかもしれない。
霧深き夜に見た繊月 ― 小さな会社の起死回生 低予算からのWeb集客戦略(目次)







