その日の晩、健太は食卓で、美咲に一平から聞いた話を伝えた。
「一平が言うには、真紀さんのところ、インスタだけにこだわる必要はないらしい。弁当屋なら、Googleマップの『MEO』ってやつに力を入れた方がいいって言ってた」
「MIO? なにそれ?あ、MEO?」
美咲は首を傾げた。専門用語に慣れない美咲には、いまいちピンとこないようだった。健太もまだMEOの全てを理解しているわけではないが、一平の言葉の端々からその重要性は感じていた。
「えっと、Googleマップで店を探す人が多いから、そこに店の情報をしっかり載せて、検索に引っかかりやすくするってことらしい。あと、本格的に相談するなら、一平の会社に正式に問い合わせてほしいってさ。その方が、お互いのためになるって」
美咲は、健太の話を半分理解し、半分は「よくわからないけど、そういうことね」といった様子で聞いていた。
翌日、幼稚園の送迎バスを待つ間に、美咲は真紀さんに健太から聞いた話を伝えた。
「健太がね、一平さんから聞いてきたんだけど、インスタだけじゃなくて、MIO?じゃないやMEOってやつに力を入れた方がいいんだって。Googleマップで検索される時に、お店が目立つようにするんだって」
「MEO……!何の略かわからないけど…なるほど、Googleマップかあ。言われてみれば、お弁当屋さんを探す時って、まずマップで検索するかも!」
真紀さんは、美咲が話すMEOという聞き慣れない言葉に目を輝かせた。彼女の弁当店は、公式サイトは持たず、Instagramでの発信が主な集客手段だった。Googleマップには店名だけが勝手に登録されていたが、「ビジネスプロフィール」というものの存在すら知らず、一切ノータッチの状態だったのだ。
美咲から聞いたアドバイスに、真紀さんはすぐに動き出した。スマートフォンを片手に、「Googleマイビジネス」という言葉を検索し、自分の店のビジネスプロフィールをいじり始めた。写真を追加し、営業時間やメニュー、そして店からのメッセージを書き込んでいく。手探りではあったが、自分で情報を増やしていく作業は、どこか新鮮で楽しかった。
だが、作業を進める中で、ある疑問が湧いてきた。もし、一平の会社に本格的にWebサイトの制作やMEOのコンサルティングを依頼したら、一体いくらくらいかかるのだろうか。真紀さんは、一平の会社サイトを調べてみた。そこに書かれていた「ホームページ制作費用」「コンサルティング費用」の金額を見て、真紀さんは思わずため息をついた。
「やっぱり……全然予算が足りない」
真紀さんの個人経営の弁当店にとって、その費用はあまりにも高額だった。このまま自力でできることをやるしかないのか、それとも何か別の方法があるのか。ふと、真紀さんの頭に、健太の顔が浮かんだ。健太は、自分と同じように、親の事業を継いで奮闘している。彼なら、きっと自分と同じような壁にぶつかった経験があるはずだ。
「ねえ、ひまりちゃんママ」
幼稚園からの帰り道、真紀さんは美咲に声をかけた。
「健太さんに、一度相談する機会を作ってもらえないかな? Web集客のことで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、一平さんじゃなくて……健太さんに」
美咲は、真紀さんの真剣な眼差しを見て、頷いた。
「分かった。健太に話してみるね」
真紀さんは、藁にもすがる思いだった。これまで独りで抱え込んできた悩みを、健太になら話せるかもしれない。そして、もしかしたら、予算の壁を乗り越えるヒントをくれるかもしれないと、かすかな希望を抱いた。