一平にホームページのリニューアルを依頼してからというもの、俺の心はどこか落ち着かなかった。これまでの人生で、こんなにも大きな決断をしたことはない。父の工務店を継いだ時も、それは自然な流れで、自分の意志というよりは、周りの期待に応えるようなものだった。
父はどうやって仕事を獲得してきたのだろうか? 俺が物心ついた頃には、いつも父は忙しそうにしていた。電話が鳴りっぱなしで、時には夜遅くまで現場に出ていた。インターネットもSNSもない時代に、どうやってあれだけの仕事をこなしていたのか。
きっと、一つ一つの仕事を丁寧にこなし、地域の人々との信頼関係を築き上げてきたのだろう。
今の俺がやろうとしているWeb集客とは、全く異なる泥臭いやり方だ。だが、その根底にある「真面目さ」や「信頼」は、何一つ変わらない。父への尊敬の念が、ふつふつと湧き上がってきた。
そんな折、娘のひまりがしきりにどこかへ行きたいと言い出した。
最近は仕事のことで頭がいっぱいで、娘との時間がおろそかになっていたと反省した。
妻にも声をかけ、家族三人で久しぶりに小旅行に出かけることにした。近場の温泉街だ。
宿に着き、浴衣に着替えて散策に出かける。娘は綿菓子をねだり、妻はスマートフォンのカメラを構えて、しきりに周りの景色を撮っている。
「ねえ、健太。これ、インスタ映えしそうじゃない? 後で投稿しよっか」
妻の美咲が嬉しそうに言うのを聞いて、俺は少しだけ複雑な気持ちになった。確かに、Instagramでの発信も大事だ。だが、今は、この家族の時間を大切にしたい。
「そうだな。でも、今はいいだろ。せっかくの旅行なんだから、スマホはしまって、ゆっくり景色を眺めようぜ」
俺がそう諭すと、美咲は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて小さく頷き、スマホをカバンにしまった。
その晩、家族三人で貸し切り露天風呂に入った。湯けむりの向こうに広がる夜空を見上げながら、俺は久しぶりに心からリラックスできた。娘がはしゃぎながら湯船に浸かり、妻がその姿を優しく見守っている。
仕事の悩みも、Web集客のプレッシャーも、この瞬間だけは忘れられた。父が築き上げてきた工務店を守ること。そして、この家族を幸せにすること。それが、今の俺にとって最も大切なことだと、改めて強く感じた。
翌日、土産物屋を巡り、地元の食材を使った料理を堪能した。娘の屈託のない笑顔、妻の穏やかな横顔。かけがえのない家族の時間を満喫した小旅行だった。
帰りの車の中で美咲がぽつりと言った。
「健太、なんだか最近、変わったね」
俺は、ハンドルを握ったまま、少し照れくさそうに笑った。
「そうか? 別に変わってねえよ」
「ううん、変わった。前よりも、なんだか頼もしくなった気がする」
美咲の言葉に、俺は少しだけ胸を張れた気がした。一平との出会い、Web集客への挑戦。それは、俺を経営者として、そして一人の人間として、少しずつ成長させているのかもしれない。新たなホームページの完成が、今から楽しみで仕方なかった。