祭りの喧騒が過ぎ去り、数日が経ったある夜。 真紀は、浩二と共にリビングでSNSの反応をチェックしていた。インフルエンサー・ミナミの投稿による爆発的な拡散は落ち着きを見せていたが、それとは別に、もっと静かで、しかし温かい「波」が起きていることに真紀は気づいた。
「ねえ、浩二さん。これ見て」
真紀が指差したスマホの画面には、祭りで完売したフレンチ弁当の写真が投稿されていた。しかし、撮影者がフォーカスしているのは、中身の料理ではなく、その横に置かれた「包み紙」だった。
『お祭りで買ったお弁当。フレンチも美味しかったけど、この包み紙がなんか好きで捨てられない。娘さんが描いたのかな? 優しい色』 『#まごころ弁当 #あかねいろ』
同様の投稿が、いくつも見つかった。「高級店にはない温度感」「手作りっぽくていい」といったコメントが添えられている。
真紀の脳裏に、祭りの数日前の光景が蘇った。
◇
それは、祭りでの販売に向けて、浩二が試作のテリーヌを完成させた夜のことだった。 「味は完璧だ。これなら屋台でも勝負できる」 浩二は自信を見せたが、真紀の表情は晴れなかった。 「でも……容器がいつものプラスチックのままじゃ、せっかくの料理が台無しよ。かといって、今から特注の箱なんて間に合わないし、予算もない……」
「中身で勝負すればいいだろう」と言う浩二に対し、真紀は首を横に振った。祭りというハレの場だ。手に取った瞬間の「ときめき」が必要だと感じていた。
その時、ダイニングテーブルの隅で、娘のあかねがお絵描きをしていた。 「ママ、みて! ゆうやけ!」
あかねが掲げた画用紙には、赤、オレンジ、黄色が混じり合い、まるで夕暮れの空のような、温かく優しいグラデーションが広がっていた。何かの形を描こうとしたわけではない、子供ならではの自由で無垢な色彩。
「……あかね色だね」 真紀は呟き、ハッとした。
「浩二さん! これ、これを使おう!」 真紀は画用紙を手に取った。 「あかねの絵をスキャンして、包み紙にするの。私たちの『まごころ』って、こういうことじゃない?」
「子供の落書きだぞ? フレンチに合うか?」と戸惑う浩二を押し切り、真紀はその夜、自宅のプリンターをフル稼働させた。あかねの描いた暖かなグラデーションの上に「まごころ弁当」とだけ記された、シンプルで不器用な包み紙。 祭りの前夜、家族三人でその紙を弁当箱一つ一つに巻いていったのだ。
◇
回想から戻り、真紀は隣で眠ってしまったあかねの寝顔を優しく撫でた。
「あの時の急ごしらえの包み紙が、こんな風に届くなんてね」
浩二も、スマホ画面に映る包み紙の写真を見つめ、少し照れくさそうに頭を掻いた。 「高級感なんてない、ただの紙切れだと思ってたが……。お客さんは、味だけじゃなく、こういう『空気』も食べてるんだな」
バズりや炎上といった、刺激的な拡散ではない。 しかし、その投稿を見た人々の中に、「行ってみたいな」「なんか良さそうな店だな」という、じんわりとした温かい感情が芽生え始めていた。
ユウキがAIを使って大量生産した「情報」にはないもの。 それは、そこに人の営みがあり、家族がいて、想いがあるという「体温」だ。 あかねの描いた不器用な「あかねいろ」は、デジタルの海の中で、まごころ弁当という店の確かな実在証明(エンティティ)として、静かに、しかし力強く波紋を広げていた。







