お盆休暇を頂いていたのですが、お盆もずっと京都にいました。「大文字」こと五山の送り火の日には、京都は豪雨でした。豪雨ながら火がついたのには少し驚きました。
さて、京都市上京区にある本社を東へ少し進み、千本通を上に上がって上立売通を越えた東側に「釘抜地蔵」こと石像寺(しゃくぞうじ)というお寺があります。お盆ということでお地蔵さんめぐりです。

釘抜地蔵尊(入口)京都市上京区

釘抜きのモニュメント
早速釘抜きです。
釘抜地蔵(くぎぬきじぞう)

釘抜地蔵 石像寺 京都市上京区
釘抜地蔵こと石像寺(しゃくぞうじ)は、819年(弘仁10年)に弘法大師・空海によって建立された寺院です。京都市上京区にあります。元は真言宗のお寺ですが、現在は浄土宗のお寺です。

釘抜地蔵 石像寺の案内(京都市より)
名前の由来は「苦抜地蔵」から転じて釘抜地蔵という呼称になったとされています。

釘抜地蔵の入口
「釘抜地蔵」石像寺(しゃくぞうじ)の門を通り中に進みます。

石像寺境内 お堂
石像寺の境内を進みます。
「八寸釘」と釘抜きの絵馬
境内にはたくさんの「釘抜き」があります。
お堂を一周すると「八寸釘」と「釘抜き」を貼り付けた絵馬が数えきれないほどお堂に設置されています。

釘抜きの絵馬 「釘抜地蔵」石像寺
もともとは心身の苦痛を取り除く「苦抜(くぬき)地蔵」と呼ばれていましたが、時代とともに音が転じ、物理的な痛みを引き抜く「釘抜地蔵」として信仰を集めるようになりました。

釘抜きの絵馬 「釘抜地蔵」石像寺
目に見えない苦しみを「体に刺さった見えない釘」に例え、それを実在する八寸釘と釘抜きの絵馬によって奉納するという形は、当時の民衆の豊かな想像力と切実な願いの表れなのかもしれません。

釘抜きの絵馬3 「釘抜地蔵」石像寺
釘抜きの絵馬 「釘抜地蔵」石像寺たくさんの釘抜き御礼絵馬が掲げられています。
壁一面を覆う絵馬は、かつてここで救われた無数の人々の安堵の声そのものといえます。
石像寺の本堂

石像寺の本堂
石像寺の本堂には空海に因んで密教法具である五鈷杵などが置いてあります。

京都市の案内によると、釘抜地蔵の地蔵堂背後の「阿弥陀三尊像」は重要文化財で、鎌倉時代初期に作られたもののようです。
石像寺という寺号が示す通り、かつてこの地には数多くの優れた石仏が安置され、石を彫り出して仏の姿を刻むという素朴で力強い信仰が存在していました。
そして石像寺は建立から約1200年(弘仁10年は平安時代です)。歴史を感じますね。

釘抜きの絵馬4 「釘抜地蔵」石像寺
絵馬のインパクトに目を奪われがちですが、こうした歴史的価値の高い文化財が日常の風景に溶け込んでいる点も、西陣周辺の町歩きの大きな魅力に繋がっています。
弘法大師空海の創建と宗派の変遷
弘仁10年(819年)に空海によって開創された当時は、真言密教による国家鎮護や加持祈祷の場としての色合いが強かったと考えられています。その後、時代が下るにつれて民衆の間に念仏信仰が広まり、現在の浄土宗へと転換していきました。
本堂に密教法具である五鈷杵が残されているのは、宗派を超えて空海への強い思慕と歴史の連続性が保たれている証拠であり、京都の寺院ならではの奥深さを感じさせます。
石像寺(しゃくぞうじ)

家隆山 光明遍照院 石像寺
京都市上京区千本通上立売上ル花車町503
千本通沿い、東側です。
(初回投稿日 2016年8月23日)






