古墳・天皇陵・遺跡

古墳・天皇陵・遺跡に関する記事


双ヶ丘(雙ヶ岡、双ヶ岡)
京都市右京区にある双ヶ丘(ならびがおか、雙ヶ岡、双ヶ岡)へ。双ヶ丘(雙ヶ岡)は、国指定の名勝です。北から順に一の丘(いちのおか)、二の丘(にのおか)、三の丘(さんのおか)と丘が並んでいます。 こちらは天神川通り(国道162号線)沿いの双ヶ丘入口(南西側)。 名勝双ヶ丘を登ったあとにホタル観賞に高雄へ 京都市右京区で少しだけ触れていましたが、その後何度も足を運

双ヶ丘(雙ヶ岡、双ヶ岡)へ 京都市右京区


いさら井 京都市右京区
広隆寺~蚕ノ社へ 京都市右京区【太秦】で、お伝えした広隆寺のすぐ横(西側)の住宅街に「いさら井」と呼ばれる古井戸があります。 京都市右京区太秦、広隆寺の西側にある住宅街にひっそりと残る古井戸「いさら井」は、洛西有数の古い井戸として知られています。 これは広隆寺の境内の縮小によってこの場所に残されたもののようです。広隆寺の駐車場から少し西に行って北上するとあり

いさら井と一ノ井遺跡 京都市右京区


京都市右京区にある宇多天皇 大内山陵(うだてんのう おおうちやまのみささぎ)に行きました。。真言宗御室派の総本山であり、宇多天皇自身が創建して晩年を過ごした仁和寺(御室御所)の北西の山中にひっそりと佇んでいます。 御室八十八ヶ所の近くにあり、仁和寺の西側が参道となっています。仁和寺付近から京都市北区の原谷へと続く千束御室線を進んで少しそれたところにあります。

宇多天皇 大内山陵へ 京都市右京区



文徳天皇 田邑陵
京都市右京区にある文徳天皇(もんとくてんのう)田邑陵(たむらのみささぎ)へ。 文徳天皇 田邑陵の入口です。住宅街の合間にいきなり出てきます。 石畳を歩きます。若干登りです。 宮内庁による文徳天皇 田邑陵の注意書きです。 京都市右京区太秦三尾町に位置する文徳天皇陵(田邑陵、たむらのみささぎ)は、宮内庁によって第55代文徳天皇の陵墓として治定されています。宮内庁

文徳天皇 田邑陵へ 京都市右京区


嵯峨天皇 嵯峨山上陵へ 京都市右京区
京都市右京区にある嵯峨天皇の「嵯峨山上陵」に行きました。嵯峨山上陵は「さがのやまのえのみささぎ」と読むそうです。 北嵯峨の風致地区、大覚寺の近くにあり、山の上にある宮内庁管轄の天皇陵ですが、登ると京都市内を見渡すことができ、遠くには京都タワーも見えます。 嵯峨山上陵はひたすら石段で登っていくことになります。 嵯峨山上陵 登り口~石段 嵯峨山上陵の登り口です。

嵯峨天皇 嵯峨山上陵へ 京都市右京区


後宇多天皇 蓮華峯寺陵 京都市右京区
京都市右京区にある後宇多天皇 蓮華峯寺陵(れんげぶじのみささぎ)へ。 広沢池を北に少し進んだ北嵯峨の風致地区の中にあります(広沢池と北嵯峨の風致地区 京都市右京区)。嵯峨天皇 嵯峨山上陵も近くにあります。嵯峨山上陵の東です。 後宇多天皇 蓮華峯寺陵の宮内庁の案内です。嵯峨天皇の嵯峨山上陵からもほど近いこの一帯は、平安時代から皇室や貴族に愛された景勝地であり、

後宇多天皇 蓮華峯寺陵へ 京都市右京区



住宅地のど真ん中にあることで噂の天塚古墳(あまつかこふん)。先日、京都市右京区にある天塚古墳へ行きました。 京都市の史跡天塚古墳は、嵯峨野太秦古墳群のひとつで、秦氏によって6世紀前半に作られたと推定される2つの横穴式石室をもつ前方後円墳です。全長は70メートルほどだそうです。 マップを頼りに進むと… 清水山古墳跡とあります。やはりこのあたりは古墳群といった感

天塚古墳へ 京都市右京区


蛇塚古墳 京都市右京区
京都市右京区にある蛇塚古墳(へびづかこふん)は、国の史跡に指定されている京都府下最大の横穴式石室を持つ前方後円墳です。現在は露出した石室のみが残っています。 この蛇塚古墳は、7世紀頃に築造されたと考えられています。 蛇塚古墳の床面積は、高倉山古墳(三重県伊勢市)、こうもり塚古墳(岡山県総社市)、石舞台古墳に次ぐ全国第4位の面積を誇っています。 京都市右京区の

蛇塚古墳へ 京都市右京区


名和長年公遺蹟 京都市上京区
京都市上京区の大宮中立売を上がったところにある名和児童公園内に名和長年公遺蹟(名和長年公遺跡、名和長年戦没遺跡、名和長年公殉節所)があります。この場所は、一条院跡でもあります。 贈正一位名和長年公殉節之所 この場所は、名和長年(なわながとし)公が戦死した場所としての由来があり、「贈正一位名和長年公殉節之所」と記載された石碑があります。 (戦死の地については、

名和長年公遺蹟 京都市上京区



第一次大極殿
奈良にある平城宮跡の第一次大極殿と京都の大極殿跡。 奈良の静観荘さんに行った時に、大和西大寺駅から西大寺にちらっと寄った後、平城宮跡に行きました。 すごく広々とした平城宮の中を歩いていると、大きな建物が見えてきました。 ひたすら広々とした敷地に大きすぎる建物がありました。こちらは「第一次大極殿」というところのようです。 大極殿といえば、上京区本社のすぐ近くの

平城宮跡の第一次大極殿と京都の大極殿跡



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