達磨でいっぱいの「だるま寺」こと法輪寺では、毎年恒例の節分大祭が開催されています。
節分は明日の2月3日ですが、だるま寺の節分大祭は毎年2月の2日、3日、4日です。
昨年は「通っただけ」なのですが、今年は境内に進みました。(昨年 だるま寺(法輪寺)で節分祭 京都市上京区)
行衛町は弊社の隣の隣の町内です。本当にすぐ近くにあるので、今年はだるま寺の中へ。
いざだるま寺(法輪寺)へ!(円町から)
「だるま寺」こと「法輪寺」はJR円町駅を北東に少し上がった所にあります。右京区の嵐山にも「法輪寺」という寺院がありますが、こちらは「だるま寺」の通称で有名です。裏の鹿垣公園(こちらは中京区です。ややこしいですね)は、地元では「だるま公園」と呼ばれています。
円町駅を出て円町(西大路丸太町)の交差点から西大路通りを北上して西大路下立売を東へ、紙屋川を越えた下立売通沿いの南側です。
JR円町駅は、京都市中京区なのですが、紙屋川を渡ると京都市上京区になります。このあたりが境目です。
西大路下立売の段階から、だるま寺の幟が見えてきます。

西大路下立売 京都市中京区
新下立売橋

新下立売橋 京都市上京区
法輪寺はちょうど紙屋川と下立売通が合わさるところにあるため、紙屋川の新下立売橋はだるま寺の節分大祭で大盛り上がりです。

だるま寺・法輪寺の幟
この時点でだるま寺にほぼ到着しているのですが、そのまま下立売通を東に進んで入り口まで向かいます。
だるま寺(法輪寺)の節分大祭

だるま寺(法輪寺)節分大祭
毎年恒例のだるま寺の案内板です。
節分大祭ということで、今年はだるま寺(法輪寺)の中に進みます。

だるま寺(法輪寺)入口
だるま寺(法輪寺)の入口です。

法輪寺の案内板(京都市より)
さて、だるま寺の境内を進みましょう。

だるま寺・法輪寺 境内 京都市上京区
だるま寺は、江戸時代中期の享保12年(1727年)大愚和尚が開山した臨済宗妙心寺派のお寺です。境内には枯山水庭園、キネマ殿(赤い建物、衆聖堂の中)などもあります。

臨済宗 法輪寺 京都市上京区
法輪寺の歴史は、江戸時代中期の享保12年(1727年)に遡ります。妙心寺派の禅寺として創建されたこの寺には、当時の社会構造を反映した興味深い背景が存在します。
大愚宗築と両替商による開基
開山は大愚宗築(たいぐそうちく)という高僧ですが、開基(創立のスポンサー)となったのは荒木光品宗禎という人物です。武家が開基となることが多い臨済宗妙心寺派の寺院にあって、荒木家は京都の両替商であったと伝えられています。当時の京都における町衆や商人の経済力と、彼らが禅宗寺院の建立に深く関与していた歴史的事実を示す重要な事例と言えます。現在も残る本堂(方丈)は、創建当時の姿を留める貴重な建築物です。
衆聖堂

だるま寺 法輪寺 衆聖堂(しゅうせいどう)
「キネマ殿」
境内にある「衆聖堂」の2階には「キネマ殿」があります。京都が日本のハリウッドと呼ばれた時代を静かに物語る空間です。
キネマ殿には、阪東妻三郎、田中絹代、市川雷蔵、石原裕次郎、美空ひばりなど、昭和の映画界を彩ったおよそ400人にも及ぶ映画人たちの位牌がずらりと並べられ、手厚く供養されています。太秦などの撮影所にも近く、映画関係者が頻繁に足を運んだ京都ならではの歴史的繋がりが、この寺院に特別な役割を与えました。
夭折の天才監督・山中貞雄の碑
また、境内の庭園には「人情紙風船」などで知られ、28歳の若さで戦病死した天才映画監督・山中貞雄の石碑も建てられています。昭和16年(1941年)、小津安二郎の筆によって彼を慕う映画関係者らが建立したこの碑は、法輪寺が単なる信仰の場にとどまらず、映画という近代の新しい表現事業に情熱を注いだ人々の精神的な拠り所でもあったことを示しています。
達磨大師
「だるま」だけでなくもちろん達磨大師像(ボーディダルマ)もあります。

達磨大師像 だるま寺
何かで読んだのですが、達磨の形は、達磨大師が坐禅中、長時間の極度の集中のため、手足が腐ってしまった上にそれに気付かないほどだった、というエピソードににちなんでいるそうです。

達磨大師像 法輪寺
節分大祭の期間中は「だるま説法」という説法を聴くことができます。
「だるま」だらけのだるま堂へ

だるま寺・法輪寺 だるま堂
だるま寺の境内には約八千体の達磨があります。

だるまだらけ
おそらく日本屈指、下手をすると世界一の達磨の数です。

だるま寺の「達磨」
七転び八起きの起上がり達磨をはじめ、たくさんのだるまで溢れかえっています。

だるま寺の「達磨」2
達磨マニアにはたまらないと思います。
「起き上がり達磨堂」と戦後日本の復興
法輪寺が現在のように「だるま寺」と呼ばれるようになったのは、実はそれほど古い時代のことではありません。ここには、昭和の激動の時代を乗り越えようとした人々の切実な祈りが込められています。
七転び八起きの精神と後藤伊山和尚
太平洋戦争が終結した昭和20年(1945年)、焦土と化した日本の復興を祈念して、当時の第10代住職・後藤伊山和尚が建立したのが「起き上がり達磨堂」です。達磨大師の座禅の姿に由来する達磨は、「七転び八起き」や「災い転じて福となす」という不屈の精神の象徴です。敗戦のどん底にあった人々にとって、この起き上がり達磨は明日を生きるための強い心の支えとなりました。
戦後、全国から諸願成就や厄除開運を願って数多くの達磨が奉納されるようになり、現在ではおよそ8000体余りもの達磨が堂内に安置されています。
だるま寺のお堂の天井画

だるま寺のお堂の天井画
だるま寺のお堂の天井画です。
節分大祭名物ハト茶

節分大祭名物ハト茶
だるま寺の節分大祭といえばハト茶の無料接待です。
境内では名物「だるま焼」も販売されていますが、やはり幼い頃からのイメージとしては甘くてうまい「ハト茶」です。
ハト茶のせったい所の前には、お札でほぼ封印された達磨がいます。
何処かでこのようなタイプのキャラクターがいたと思えば、幽遊白書の躯です。
…
だるま寺の節分大祭は2月の2,3,4日と開催されていますので、「ハト茶」と「だるま」をぜひ堪能してみてください!
だるま寺 法輪寺
享保12年開山
〒602-8366
京都府京都市上京区下立売通天神道西入行衛町457
だるま寺(法輪寺)の最寄り駅は、JR嵯峨野線円町駅(京都駅から3駅)です。
下立売通沿いの南側です。下立売通は東向き一方通行です。
(初回投稿日 2017年2月2日)







