今回は「Webマーケティングにおけるペルソナとモデル」というタイトルですが、一平タイムズに掲載します。なぜならば、冒頭からオチになりますが、この「ペルソナ」という言葉の誤用について書こうと思ったからです。これは故カール・グスタフ・ユング博士への敬意でもあります。
一般的にマーケティング分野では、ペルソナを「象徴的な利用者像」といったふうに定義し、またWebマーケティングでは、ターゲットユーザーのモデルという意味合いで使われているようです。
あるユーザーの持つ問題点・不足感などに対応するために、それに対する解決策などを想定するというものですが、その場合は「モデル」という言葉で事足りるはずです。
ペルソナとは?
「ペルソナ」とは、女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罪、ペルソナ2罰でお馴染みアトラスのペルソナシリーズに代表されるように…
ではなく(いいえ、関係はあります)、「ペルソナ」は仮面から心理学用語として派生した、「心理的仮面」、「外面的人格」のことを指します。この言葉を提唱したのは分析心理学で有名なユング博士です。社会的人格とも表現することができるでしょう。
ペルソナはもともと仮面という意味を持ちますが、狭義には舞台役者がつける仮面を意味しています。カール・グスタフ・ユング博士は、人間の他人と接する際に、役割を演じる心理的な仮面・外面的人格をペルソナと定義しました。
ペルソナ=外面的人格
例えば、配偶者と一緒にいる時、友人と一緒にいる時、仕事で同僚と一緒にいる時、仕事中でも取引先と一緒にいる時などそれぞれ、相手に見せる人格が少しずつですが異なります。
また、相手は同じ人でも、結婚式とお葬式の時の振る舞いの違いなど、時と場合によっては、見せる性格が異なるはずです。
自宅にいる時と、役職をもち、会社にいる時の人格は、ほとんどの場合異なるはずです。
本質的な根本人格以外の部分がペルソナ
人が一人でいる時と誰かがいる時では、振る舞いが変化し、誰かの前では「役を演じる」という側面を持っています。そういった本質的な根本人格以外の部分をペルソナと呼びます。
ペルソナシリーズは見事にこの「ペルソナ」に忠実で、外的側面である人格のイメージを神話の神々などに割り当ててストーリーが構成されています。
ユング博士の研究対象は元型論など、タロットや神話に見る異民族の共通イメージや集合的無意識、コンプレックスなどです。
余談ですが、コンプレックスとは「心的複合体」といった意味があるため、一般に使われているコンプレックスも誤用といえば誤用で、正確には「劣等コンプレックス」と呼ばないと意味がおかしくなります。
Webマーケティングにおけるペルソナとは?
ここで本題ですが、Webマーケティングにおける「ペルソナ」として、ウェブユーザーの架空の人格を設定するということが重要であると巷で流れています。
年齢層、性別、趣味、関心事、好きなアーティスト、平日の過ごし方、休日の過ごし方、ある現象を見た時にとる反応など、ウェブユーザーの架空の人格を設定して、Webマーケティングを行うこと自体は、間違いではありません。
しかし、それを「ペルソナ」と呼ぶのは間違っています。
なぜならば、ペルソナは外的な人格だからです。
誰かと接するときに、その人に合わせて相手に見せる「役割的な人格」をペルソナと呼びます。
しかし、ウェブユーザーがウェブに触れるときは、ペルソナは発動していません(この言い回しはペルソナシリーズのせいかもしれません…)。
ペルソナの設定
ウェブユーザーがブラウザからウェブサイトを閲覧しているときは、概ね独りです。そして誰かと見ていても、情報を認識して、取り込んでいるのはユーザー本人です。
この時、仮に誰かと一緒に見ていて、周りの人に「そこに注目が行くなんて…」と思われることを回避し、単独で閲覧したならばリンクをたどるものの、誰かと一緒にいるがゆえにスルーするという行動を想定するのならば、それはペルソナの設定になります。
一般的に説かれているWebマーケティングにおける「ペルソナ」は、「サンプルモデル」や「モデルユーザー」です。
大前提として、ペルソナには相手が必要です。しかし対象が物や景色など、人(場合によっては動物も)ではない場合、ペルソナという概念は出てきません。
ペルソナを設定する場面は、社会的な役割によってとる行動などを想定する場合です。
まとめ ユング博士に捧ぐ
「ペルソナ」だけでなく、ウェブ業界、Webマーケティングの世界では日に日に新しい用語が生まれています。ウェブ特有の単語ならば、問題はありませんが、他の分野の言葉を使用する場合には、根本から間違っている場合が結構あります。
間違っていることにも気づかないまま、使用はおろか、それらを組み合わせた造語まで生み出されています。
ペルソナマーケティングという言葉
このペルソナマーケティングという言葉はいつ、どこで、誰が発案して生み出されたのでしょうか。
Webマーケティングにかぎらず、マーケティング用語としてまかり通っているようですが、安易にペルソナマーケティングという言葉を発したのは、どこの誰なのでしょうか。
今回の「ペルソナ」に関しては、以前にたまたまそのような記事を見つけて、後日調べてみたら結構な数の「ペルソナマーケティング」「マーケティング ペルソナの設定」というようなコンテンツが見つかりました。
内容自体は、Webマーケティングにおいて的を得ている内容ですが、この言葉の使用だけはどうしても引っかかっていました。
なぜならば、大好きなアトラスのペルソナシリーズのテーマであり、そしてユング博士が生涯をかけて研究したひとつの概念だからです。
書籍や雑誌はまだ用語の使用に比較的慎重ですが、ウェブコンテンツはすぐに発信できるため、精度が低いという傾向があります。
ウェブ上で、誤った使用が行われても、次にそれに関する記事を書こうという人は、その間違った記事を見て、またコンテンツを作っていきます。
オウンドメディアが注目されている時代ですが、どの時代であっても、いくら発信が容易になっても文章には責任をもつべきだと考えています。
実際、専門的な辞書になると意味・定義がしっかりと載っているのですが、国語辞典であっても、心理学用語や哲学用語などは、本来の意味からずれている場合がまれにあります。国語学者の方でも他の専門性の高い語句に関しては、概念の把握が難しいのかもしれません。
書籍であっても、観念論を「宙に浮いた机上の空論」と言った意味で使用し、唯物論を「具体的な案」として使用しているケースもありました。本来の意味は全く違います。
学者によって多少具体的な概念が異なることは致し方ないことですが、本来の意味にかすりもしない程度の把握で、そのような専門用語レベルの言葉を使うのはやめておいたほうが良いのではないでしょうか。
言語自体が、印象・概念に対するラベリングにしか過ぎないことは理解しています。
しかしながら、安易に用語と用語をくっつける行為には違和感を感じます。
言語は要約・短縮されるときに、言葉の意味が変化してしまう恐れを持っています。特に外来語、専門用語はその危険性が高いでしょう。
「ホームページ制作」という言葉も、本来は変な言葉です。
「ウェブサイトのうち、トップページしか作らないのか?」という極論を言うこともできます。
しかし、実際のウェブの世界では、より汎く使われている語句でないと、アクセスすらされないという問題を抱えています。
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今回は、ユング博士が生涯をかけて考えた「ペルソナ」の意味を変えられたくなくて書きました。野放しにすると、言葉の意味が変えられてしまいそうで、思わず書きました。
一個人の意見ですが、この記事を最後に生涯マーケティング分野においてこの言葉を使うことはないでしょう。
故カール・グスタフ・ユング博士への敬意を込めて
代表取締役 桝井 晶平
第二弾(続き) ペルソナとWebマーケティングの関係
(初回投稿日 2016年4月20日)