宇多天皇 大内山陵へ 京都市右京区


京都市右京区にある宇多天皇 大内山陵(うだてんのう おおうちやまのみささぎ)に行きました。。真言宗御室派の総本山であり、宇多天皇自身が創建して晩年を過ごした仁和寺(御室御所)の北西の山中にひっそりと佇んでいます。

御室八十八ヶ所の近くにあり、仁和寺の西側が参道となっています。仁和寺付近から京都市北区の原谷へと続く千束御室線を進んで少しそれたところにあります。

京都府立聾学校の西側を通り、御室陵墓参考地を越えて、千束御室線に入ります。

そして山の方を進みます。

それでは仁和寺の横の参道からスタートしましょう。

仁和寺・京都府立聾学校の横の宇多天皇陵参道

仁和寺の横の宇多天皇陵参道

仁和寺の横の宇多天皇陵参道

仁和寺の西側には宇多天皇陵参道という案内があります。

このまま北上すると京都府立聾学校の西側の参道に入ります。

京都府立聾学校の西側の参道

京都府立聾学校の西側の参道

徒歩でしか入れません。

京都府立聾学校の西側の参道2

京都府立聾学校の西側の参道2

御室陵墓参考地

途中、御室陵墓参考地があります。

御室陵墓参考地

御室陵墓参考地

〒616-8092 京都府京都市右京区御室大内4

そのまま進むと千束御室線と合流します。

千束御室線と合流

千束御室線と合流

千束御室線と合流

ここは車も通れます。

千束御室線

千束御室線

真っ直ぐ進むと徒歩専用のショートカット用の石段があります。

千束御室線 石段

千束御室線 石段

車道を通る時はこのようなヘアピンを通ります。

千束御室線 車道

千束御室線 石段

宇多天皇 大内山陵 参道

宇多天皇 大内山陵 参道 入口

宇多天皇 大内山陵 参道 入口

ここから本格的な宇多天皇 大内山陵の参道に入ります。さほど距離はありませんが山道です。

宇多天皇 大内山陵 参道

宇多天皇 大内山陵 参道

最初は粘土質と岩の道です。

宇多天皇 大内山陵 参道1

宇多天皇 大内山陵 参道1

奥に行くに従ってどんどん普通の山道になっていきます。

宇多天皇 大内山陵 参道2

宇多天皇 大内山陵 参道2

途中で道が別れていますが左に進みます。

宇多天皇 大内山陵 参道3

宇多天皇 大内山陵 参道3

宇多天皇 大内山陵まであと少しです。

宇多天皇 大内山陵

宇多天皇 大内山陵 入口

宇多天皇 大内山陵 入口

宇多天皇 大内山陵の入口に到着です。

宇多天皇 大内山陵 案内

宇多天皇 大内山陵 案内

それでは進みましょう。

宇多天皇 大内山陵

宇多天皇 大内山陵

宇多天皇(うだてんのう)は、仁和3年(887年)から寛平9年(897年)の間に在位されていた第59代天皇です。

陵形は「方丘」とされています。平安時代前期から中期にかけての天皇陵は、大規模な土木工事を伴う巨大古墳から、仏教思想や薄葬の理念の影響を受けて山野への簡素な埋葬へと移行していく時期にあたります。

宇多天皇は仏教への信仰が極めて篤く、出家して法皇となった最初の天皇でもありました。そのため、自身のゆかりの寺院である仁和寺の背後の山を永遠の棲家と定めたことは、彼の深い信仰心と仏教的無常観を如実に示しています。文献上の記録と陵墓の所在地が比較的よく一致しており、平安時代の天皇の葬送儀礼と寺院との密接な関係を考察する上で欠かすことのできない重要な史跡です。

宇多天皇 大内山陵1

宇多天皇 大内山陵1

先代の第58代天皇光孝天皇の第七皇子です。一度は臣籍降下して「源定省(みなもとのさだみ)」として源氏の姓を賜りながらも、後に皇族に復帰して即位するという特異な経歴を持つ天皇です。仁和3年(887年)の即位直後、関白・藤原基経との間で「阿衡の紛議(あこうのふんぎ)」と呼ばれる政治的対立を経験し、藤原氏の強大な権力を痛感することとなりました。

宇多天皇 大内山陵へ 京都市右京区

宇多天皇 大内山陵2

基経の死後は摂関を置かず、天皇主導の親政(寛平の治)を開始します。この際、藤原北家の権力を牽制するために抜擢されたのが、優れた学者であった菅原道真です。道真を右大臣にまで昇進させ、遣唐使の停止(実質的な白紙化)を決定するなど、後の国風文化の発展に繋がる重要な政策を打ち出しました。

寛平9年(897年)に醍醐天皇に譲位して太上天皇となり、さらに昌泰2年(899年)には仁和寺で出家して日本初の「法皇(宇多法皇)」となりました。これ以降、仁和寺は皇室出身者が代々住職を務める「御室御所」として特別な地位を築くことになります。日記『寛平御記』に黒猫を深く愛でる様子を記すなど、政治的辣腕とともに人間味あふれる文化的素養を持った、平安時代を代表する名君と言えます。

横に細い道があり裏側を少し見ることができますが、この道は先に続いていません。

宇多天皇 大内山陵 裏側

宇多天皇 大内山陵 裏側

〒616-8251 京都府京都市右京区鳴滝宇多野谷

光孝天皇・一條天皇の天皇陵の案内

参道に光孝天皇・一條天皇の天皇陵の参道の案内があります。

光孝天皇・一條天皇天皇陵 参道の案内

光孝天皇・一條天皇天皇陵 参道の案内

先代の第58代天皇 光孝天皇 後田邑陵(のちのたむらのみささぎ)や第66代天皇 一條天皇 圓融寺北陵(えんゆうじのきたのみささぎ)も近くにあります(光孝天皇 後田邑陵は仁和寺の南側、一條天皇 圓融寺北陵は龍安寺の北側にあります)。

(初回投稿日 2025年5月2日)


著者・監修 : 株式会社ファンフェアファンファーレ

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